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難聴亭日乗

つれづれなるままに その日ぐらし

約束


遥か三週間前、大嫌いな東京で、とある「約束」をしてきた。
私はこれまで幾度か、これと似た「約束」を交わしたことがある。が、いづれも己が藝術的拘泥という我儘のため反故にしてきた。
われはわが身勝手さに辟易している。自己嫌悪の渦は私から「夢中になる」ことを遮断した。2016年はボオドレエル片手に過ぎゆくものと思っていた。

 

「今日においては、階調はもはや美ではない。美はただ乱調に在る」

 

初めて観た彼女らが階調だったか乱調だったかは自明である。そこに「美」を見いだしたのが始まりだったか。
思えば「美」について深く考え始めたのも今年だった。澁澤龍彦に傾倒し、サドやバタイユをこの身に取り込んだ。
所謂「名著」と名高い高級なもの許り読んでいた私にとって、それらの思想は、これまで積み重ねてきた教養を破壊しかねない有害な書であった。
しかしそれでよかったのだ。

 

「生の拡充の中に生の至上の美を見る僕は、この反逆と破壊との中にのみ、今日生の至上の美を見る」

 

いくらか「美」について柔軟になれたのではないか。私は一度、破壊されなければならなかったのだ。
そんなとき見つけた「美」。ついに私はふたたび「約束」をした。
渦巻く憂鬱は払われた。ワクワクする翌年への道は、無邪気なパステルカラーに彩られている。